年賀状の行く末

子供の頃は毎年12月になると年賀状の作成に追われていました。
年賀状を送ることは当たり前のような感覚でした。
凝ってみたり出す相手の1人1人変えてみたりと楽しく作った記憶があります。

しかし高校生から携帯電話が流行始め、その時から新年の挨拶も携帯メールで済ませるようになりました。
メールは年賀状を書くよりもお金もかからず、簡単に出来ます。
それが利点だと思っていました。
なので最近まで15年近く携帯メールで年賀状を出していたんだと思います。

そんな私ですが、昨年から久しぶりに年賀状を作成し始めました。
きっかけは自身の結婚です。
結婚式を家族だけで遠方で挙げた為、招待出来なかった親戚や友人、職場の方などに挨拶をするためでした。
最近は遠のいていた親戚や友人にも送ることで、また新しい出会いをしたような気持ちなりました。
本来の年賀状の意義を改めて感じました。
久しぶりの年賀状作成は懐かしくもありましたが、昔と違ってパソコンの中に年賀状ソフトが内蔵されていたので簡単に作成することが出来ました。
カメラ屋さんに頼まなかったら出来なかった写真付きはがきも簡単に作れました。

逆に送られて来る年賀はがきのことはというと、大半は量産的なフォーマットです。
その中でも家族の写真が載せてあると近況を知ることも出来ますし、一言添えられているだけで嬉しくなったり伝わるものがあります。
年賀状は送る側の伝え方次第で色々な役目を果たしてくれます。

ここ数年の社会全体は質よりも安価だったり、手間より便利だったり、オートよりデジダルだったりを求める風潮が広がり始めている気がします。
色々な国の文化も混在しています。
そういったことの積み重ねが日本の文化を薄めている要因になっていると思います。
年賀状本来の意味は、新年を祝う言葉をもって挨拶し、旧年中の厚誼の感謝と新しい年に変わらぬ厚情を依願する気持ちを、親しい相手への場合などには近況を添えることだそうです。
携帯メールやブログ等、ネット上での新年の挨拶だとそこまでの気持ちを込めることは難しいと思います。
特別感もありません。
これから先もネット社会であるとは思いますが、ネット上でも真心が伝わる方法があれば否定はしません。
文字や物で気持ちを伝える文化はこの先も残して行くべきだと思います。
年賀状は「和」を大切にする日本が誇れる素晴らしい文化の一つだと思うので。
そしてそれを伝えることも私達の役目になってくると思いました。